午前の業務にひと段落ついた。休憩時間だ。

外に出て、太陽に焼かれながら駅の周りをふらふらしていると、小さな洋食屋を見つけた。高架下にある、入り口のせまい店で昼食をとることにした。

店内に数人いた客も、ひとりまたひとりと午後の仕事へ戻って行き、注文した料理を半分食べるころには、客は私だけになっていた。

店主はテーブルの上を片付けながら「 オリンピックがやってると、ついつい寝る時間が減ってしまいます」とつぶやいた。最初、それは独り言かと思ったが、どうやら私に向けられているようだった。

「 …え、ああ、ね、メダルもたくさん出てますもんね」

「 うちなんかねぇ、家内が早くに起きてテレビつけるもんだから、どうしても気になって見ちゃうんですよ。そしたら寝れなくて」

「 ああ、へぇ、気になりますもんね」

「 卓球なんてすごいんですよ。わたしは卓球があんなに面白いものだとは思わなかった。横にカーブさせたり、下にボールが沈んだりするんです。すごいですよ。あの水谷って選手は…」

正直、もうやめてほしかった。私は疲れていた。この会話で疲れたのではない。この前から、午前の業務の前から、今日の前から、ずっとずっと疲れていたのだ。

 

数日前、とても悲しいことがあった。それは私にとって人生で一番悔しい経験であった。私の心はまだ揺れていた。寝ても覚めても、電車に乗っても、刺すような悔しさに繰り返し襲われていた。悔しさと絶えず格闘していた私は、疲弊してくたくただった。それでも業務でミスをしないようにと神経を使っていた。ずっと気が立っていたが、そこに何かが引っかかったりしないように、細心の注意を払っていた。とにかく、そういうわけで、私はずっと疲れていた。

 

店主の話は続いた。何の種目の誰それがすごいだとか、今日は決勝戦があるから見なくてはだとか、そんなことだった。私はそれに相槌をうった。適当な相槌をうつことはできなかった。適当な相槌をうって、相手が「 うるさかったかな、ごめんなさいね」などと私に遠慮する態度を示したら、それが私の気の立った部分に触れそうだったからだ。私の共感的な相槌に促されて、店主は気持ち良さそうにオリンピックの話をしていた。私はどんどん力を吸い取られていった。

調子が悪いと私は小食になってしまう。とても美味しいご飯だったのに、私のような若者が喜ぶようなメニュー( 鶏の照り焼き、目玉焼き、ナポリタン)だったのに、最後まで食べきるのがかなり大変だった。ほとんど苦痛だった。これがとても悲しかった。

一期一会の暖かい触れ合いのはずが、それにパワーを奪われている。美味しいご飯を平らげるのにひぃひぃ苦しんでいる。こんな悲しいことってあるものか。私はさらに参ってしまった。

 

店主の話が途切れた隙を狙い、会計を申し出た。

「 美味しかったです、ご馳走さま」私は笑顔を浮かべ、せまい出口から灼熱の世界に逃げ出た。

 

額に汗を噴いて、職場にむかってずんずん歩きながら、私はかなり険しい顔をしていたと思う。そのとき私は、自分の感情を極力揺らさないように努めていた。店主の人懐っこい笑顔が、家庭的な料理の味が、そういうものからあふれ出る優しさが、私の心に侵入してこないように、徹底して監視していた。元来私は、こういう優しさや、心の触れ合いが好きな人間である。しかし今は、絶対に優しさに触れたくなかった。もしそういうものが、ひとたび心に侵入すれば、途端に私の意思はぽっきりと折れ、身体は崩れ落ち、わんわん泣いてしまうと思った。それは絶対に許されない。私にはまだやることがあるのだ。今はまだ立ち止まってはいけない。だから私は、徹底して優しさを受け取らないようにしていた。

 

私はまだしばらく闘わなくてはならない。どんなにつらくても、膝を折ることは許されない。応急処置の包帯でぐるぐる巻きになった心に血が滲んでも、包帯を取り換えてはならない。満身創痍をよくよく味わっていくのだ。

 

 いつか包帯をほどいて、傷を慈しみ、安心して泣ける日がくるまで。